ドラマ『こっち向いてよ向井くん』

テレビドラマを見よう、と思うきっかけは年を取るにつれ減っていく。やるべきタスクが山ほどある中で毎週同じ曜日・同じ時間にテレビの前に座るという行為自体が、ジム通いより難しいんじゃないかと思うほどだ。だからこそ今は録画や配信が主流になってきているのだろう。自分もそんな大人のひとりだが、このドラマを見ようと思ったきっかけは、著名なライターの西森路代さんがTwitterでこのドラマの第1話について書いていたのを見たからだ。

これは刺さるな、と直感してドラマを見始めた。実際にとても面白かった。だが全話通して見たあとに第一話を見ると(連ドラのつかみだから仕方ない部分はあるにせよ)、さわやかでイケメンで性格も良さそうな主人公・向井くんが、ほんのりと恋心を抱いた女性に訳も分からぬままこっぴどく振られ、さらに知り合ったばかりの女性(洸稀)に「あなたがただ勘違いしてただけ」と傷口に塩を塗られる、というなかなか強烈なストーリーなので、ライトなラブコメを想像して見た人たちの中には離脱した層も多かったのでは、と感じた。

しかし西森さんも書かれているように1話には名言が多数あり、その中でも抜群に刺さるのは、(「女の子」の気持ちがわからなくて)「女の子ってみんなそう思うの?絶対?」と尋ねる向井くんに対して「『女の子』っていう人格は、ないの。人それぞれ、相手に合わせて考えて」と答える洸稀の台詞。

こんなことをすれば女性は喜びますと指南する結婚相談所もたくさんあるだろう。向井くんの発言はごくごく普通の、大人の男性が言いそうな台詞だ。実際私自身も、似たような台詞を今までに何度も聞いた。当時の私はたぶん「確かに普通の女性はそう思うかもね(自分は違うけど)」とか、そんなことをうっすら思いつつ、それを言葉に出すことすらしなかったと思う。

しかしながらこのドラマで洸稀は断固NOと言う。あなたの考えている女の子って誰?私は知らないから何も言えない、と。

そして面白いのがその直後に、洸稀もまた実際には、女の子のステレオタイプとされているような面を決して持っていないわけではないことがちゃんと描かれているところ。

このドラマは単純に「普通を押し付けるな、ステレオタイプを押し付けるな」というドラマではないと思う。一見現代的な若者なのに、内面では漠然とした昭和の家庭像を持ったまま大人になってしまった向井くんが、自分は実際には恋愛に何を求めているのか?他人とどんな関係を築きたいのか?そんなことを考えながらもがき苦しみ、奮闘する姿を見守るドラマだ。そんな向井くんを常に冷徹な意見でぶった切る洸稀も、実際には彼女なりのやり方で人との向き合い方を考え、悩みながら生きている。

最後に、私はこのドラマで赤楚衛二という俳優さんを初めてきちんと認識したのだが、素晴らしい俳優さんで大好きになってしまい、しばらくは配信で彼の作品を見まくる日々を送りました。